倫理綱領

前文

一般社団法人日本産業カウンセラー協会は産業カウンセラーによって組織された職能団体である。産業カウンセラーは心の専門的技能者であるだけでなく、関連する広い学問、科学を重んじ、産業界の動向に通じた複合的能力をもって、あらゆる場面で活躍している。
産業カウンセラーが自ら倫理綱領を定め、それを遵守することの意味は、倫理綱領が専門家としての倫理的責任を全うするための指針であるだけでなく、カウンセリング・サービスを受ける人びとの利益を守り、企業社会の公正で健全な発展に寄与することにある。
産業カウンセラーは、人間の多様性を承認しつつ、その尊厳、価値、可能性を擁護して人間の生涯発達を促進する視点で活動する。そのために、人としての自律を尊重し、忠誠と公正を重んじて働く人びとの福祉の増進をめざす。この綱領は、このことを具体化し、企業社会の倫理性を高める視点をも考慮して作られた。それゆえに、本綱領がめざすところは、規範による外的強制によって守られるだけではなく、専門家としての自覚とともに、社会における共通倫理(コモンモラル)の推進という高い倫理意識と内心からの自発的献身とが相まって達成される。またそれは、産業カウンセラーが自己の責任を果たすだけではなく、相互の研鑽によって高められてゆくものと認識する。
産業カウンセラーが、心の問題にかかわる専門家としての倫理を自覚し、優れた能力と識見とを基礎に向上心と高い自律性をもった生き方を自己に課すことにより、社会の尊敬と信頼を得られるものと確信する。
産業カウンセラーがこの綱領に則って誠実に行動することを誓い、ここに綱領を確定する。



第1編 総論

第1章 総則

使 命

第1条   産業カウンセラーは、人間尊重を基本理念として個人の尊厳と人格を最大限に尊重し、深い信頼関係を築いて勤労者に役立つことを使命とする。
2   産業カウンセラーは、社会的現象や個人的問題はすべて心のありようにより解決できるという立場をとらず、勤労者の問題は勤労者をとりまく社会環境の在り方と関連していると捉える。
3   産業カウンセラーは、産業の場での相談、教育および調査などにわたる専門的な技能をもって勤労者の上質な職業人生(QWL:Quality of Working Life)の実現を援助し、産業社会の発展に寄与する。

定 義

第2条   この綱領でいう産業カウンセラーとは、呼称にかかわらず、一般社団法人日本産業カウンセラー協会が認定した資格者をいう。

責 任

第3条   産業カウンセラーは社会的に期待される、働く人への援助専門家として社会的識見とカウンセリング等の専門的技能を保持し、併せて人格の養成に努める。
2   産業カウンセラーは援助専門家であることを自覚し、健全なる精神を保持して日常の行動においても慎みをもってあたるよう努める。
3   産業カウンセラーは、いかなる厳しい問題に直面しても、自己の健全な心の状態を維持できるよう訓練しておかなければならない。
4   自己の身体、精神あるいは情緒等の損傷によって援助専門家として健全性を欠き他者を毀損する恐れがある場合は、その仕事の一部あるいは全部について差し控える。
5   産業カウンセラーがマスメディアに対して意見を発表する場合は、個人的意見であることを明示し、組織としての考え、意見、見解は差し控える。

基本的立場

第4条   産業カウンセラーは、職務を行うにあたり、人種、国籍、信条、性別、年齢、社会的身分または門地等により、差別しない。
2   産業カウンセラーは、社会的・文化的・歴史的に形成された性差(ジェンダー)が固定化する慣行を見直す視点で行動する。
3   産業カウンセラーは、職務を行うにあたり、専門家としての注意義務を果たすとともに、公序良俗に反する行為またはそれに加担する行為をしてはならない。
4   産業カウンセラーは、カウンセリングの実践にあたり、自己の価値観、心情、行為が社会においてどのように作用するかを認識し、カウンセリングの目的と一致しない価値観をクライエントに押しつけたり、特定の方向へ導いてはならない。
5   産業カウンセラーは、人を管理したり操作する道具としてカウンセリングを利用しない。
6   産業カウンセラーは自己の利益をクライエントの利益の上位に置かない。
7   産業カウンセラーは自己の活動の一部をボランティア活動に提供するなど、社会に貢献する役割を積極的に果たしてゆくことが望まれる。

研鑽義務

第5条   産業カウンセラーは専門家としての責任を全うするため、たゆまず研鑽を積み、能力の向上に努める。
2   産業カウンセラーは、カウンセリングの学識・技能だけでなく、経済・産業・労働等の動向に関心を払い、専門家としての能力を高めるよう努める。
3   産業カウンセラーは、勤労者の利益を守るという責任を自覚し、カウンセリング諸理論を学びつつ、実践を通してその理論的発展に寄与する。

信頼関係の確立

第6条   産業カウンセラーは、クライエントとの信頼関係を積極的に形成する。
2   産業カウンセラーは、個人と組織の秘密に関する守秘義務については、特に個人のプライバシー権を尊重する。
3   産業カウンセラーは、クライエントおよび他の専門職、企業・団体などの関係者との信頼関係確立のため、職務上知ることのできた秘密を正当な理由なく漏らしてはならない。
4   前項において、クライエントの同意を得るか、または正当な理由に基づきクライエントの秘密を開示する場合にあっても、関係者の利益に配慮し、また、クライエントが負う被害を最小限に抑えるよう努める。
5   産業カウンセラーはカウンセリングの開始時、および必要な場合にはカウンセリングの全過程を通して、守秘の限界についてクライエントに説明しなければならない。
6   開発中あるいは効果が実証されてない技法をクライエントに利益があると判断して用いる場合は、クライエントに十分説明し、その了解のもとで使用しなければならない。

知的財産権の尊重

第7条   産業カウンセラーは、入手した資料、著作物を複製して研修の場等で使用する場合は、原作成者の承諾を得なければならない。
2   原作成者の資料、著作物を引用する場合は出典を明示しなければならない。

遵守義務

第8条   産業カウンセラーは本綱領を遵守する義務を負う。


第2編 行動規範

第2章 産業カウンセラーの行動倫理

実践能力とその限界

第9条   産業カウンセラーは、自己の受けた教育、訓練、職業経験などに基づいた、援助専門家としての能力の限界をわきまえ、実践する。
2   産業カウンセラーが自己の能力の限界を自覚した場合は、適切なスーパービジョンあるいは他の分野の専門家のコンサルテーションを求め、その助言によっては、クライエントの同意を得て他の専門家に紹介する。

個別面接と組織への働きかけ

第10条   産業カウンセラーは、その使命を達成するため、個人カウンセリングに加え、必要に応じて積極的に組織に働きかけ環境の改善に努める。
2   前項の目的を達成するため、産業カウンセラーは、社会規範、企業組織の在り方に関して、産業組織論、人間行動科学、労働科学等の学識をもって、調査、提言できる能力を培うよう努める。
3   産業カウンセラーは、前2項の目的を果たすため、必要に応じて他の専門家とのネットワークづくりに努めるとともに、協働を組織し、その一員として活動する。

危機への介入

第11条   産業カウンセラーは、クライエントに自傷・他害のおそれ、または重大な不法行為をなすおそれがあるか、その危険を感じた場合には、速やかにその防止に努めなければならない。
2   前項の行為は、それが緊急に求められ、それによりクライエントまたは被害者の安全等の利益が他に優越して守られる場合は、正当な行為として許される。
3   前項の場合においてもクライエントの不利益を最小限に抑える。

面接記録とその保管

第12条   産業カウンセラーは、カウンセリングにあたり、最良のサービスを提供してクライエントをケアするために、カウンセラーとしての評価・所感とは別に、面接記録を作らなければならない。
2   面接記録は、必要な時にはいつでも取り出せる方法により、3年間は厳重に保管する。また、記録を電子媒体に保管する場合は記録へのアクセス権の管理に特段の措置を講じる。
3   産業カウンセラーは、自らの職務の異動、退職および能力の喪失等に際しては、クライエントの秘密保護のため関係記録を消去するか、他の守秘管理義務者に引継ぐなど適切な措置をとる。
4   産業カウンセラーは、カウンセリング記録を調査や研究のために利用する場合、クライエントの許可を得るとともに、個人が特定できないように配慮する。

カウンセリング業務の基本的態度

第13条   産業カウンセラーは、カウンセリングの初期もしくは必要な段階において、クライエントに十分に説明したうえでの同意(インフォームド・コンセント)を得て、カウンセリングをすすめる。
2   前項におけるインフォームド・コンセントにおいては下記の項目を含む。
(1)カウンセリングの役割
(2)カウンセラーとしての自己の背景(依拠する理論、スーパーバイザー等)
(3)カウンセリング料金
(4)カウンセリングの期間と終結
(5)カウンセリングの中断とリファー
(6)守秘の本質・目的とその限界
3   産業カウンセラーは、十分に訓練を受けていない心理テストは実施しない。
4   産業カウンセラーは、もっぱら自己の研究目的や興味のためにカウンセリングを利用してはならない。
5   クライエントに求める同意については文書によることが望ましい。

カウンセリングの効果

第14条   産業カウンセラーは、自己のカウンセリングの効果についてクライエントの立場から事実に基づいた検証を行い、改善に努める。
2   産業カウンセラーは前項の目的を達成するためにすすんでスーパービジョンを受ける。

資格の明示、安易な請負・資格貸与の禁止

第15条   産業カウンセラーは、専門家としての資格を明示しなければならない。
2   産業カウンセラーは、自己の能力を誇示し、クライエントあるいはその関係者に過大な期待を持たせてはならない。
3   産業カウンセラーは、自己の資格を他人に貸与してはならない。

二重関係の回避

第16条   産業カウンセラーは、専門家としての判断を損なう危険性あるいはクライエントの利益が損なわれる可能性を考慮し、クライエントとの間で、家族的、社交的、金銭的などの個人的関係およびビジネス的関係などの二重関係を避けるよう努める。
2   産業カウンセラーはクライエントとの間で性的親密性を持たないよう努める。もしそのような可能性が生じた場合は、カウンセリングを中止するか、他のカウンセラーに依頼する。

自己決定権の尊重

第17条   産業カウンセラーは、クライエントが自己決定する権利を尊重する。
2   前項の目的を達成するため、産業カウンセラーはクライエントに必要かつ十分な説明・情報を与える。
3   産業カウンセラーは、クライエントが適切な行動をとれると判断する場合には、自己決定の内容や意味を考察できるよう援助する。

キャリア・カウンセリングの特性と役割

第18条   キャリア・カウンセリングにおいて、クライエントの職業選択を援助する場合は、心理学的アプローチとともに社会科学的視野に立って助言、援助する。
2   キャリア・カウンセリングにおいては、ライフ・キャリアを展望した各分野の将来像を見据え、援助する専門能力を高めるよう努める。
3   キャリア・カウンセリングにおいては、クライエントの職業能力の開発を援助するにあたり、その情報の取扱いについて特段に配慮する。

オンライン・カウンセリング

第19条   オンライン・カウンセリング(インターネット活用によるeメールカウンセリング、webカメラ併用による電話カウンセリング等をいう)の活用にあたっては、倫理的、法的、臨床的問題などに関する利点と欠点とを十分に考慮し、慎重に対応する。
2   オンライン・カウンセリングは、現状においては、基本的には面接によるカウンセリングを補完するものと位置づけ、活用技術を十分に習得したうえで使用する。
3   オンライン・カウンセリングの開始にあたっては、このサービスを提供するに際してのクライエントの利益とリスクについて、あらかじめクライエントに十分に説明する。

第3章 企業・団体組織との関係

安全配慮義務への協力

第20条   産業カウンセラーは、事業者が安全配慮義務を全うするためにすすめる諸活動に積極的に協力する。
2   産業カウンセラーは、事業者が安全配慮義務を果たすうえで、労働者がカウンセリングを受けることの必要性と重要性について事業者が理解を深められるよう、協力する。
3   産業カウンセラーがその職務上取り扱った相談内容について、事業者から安全配慮義務に基づき開示を要求された場合、開示資料の使用目的が健康管理上必要・不可欠のものかを吟味したうえで判断し、双方の利害対立を調整する。
4   利害調整を行うにあたり、相談内容を開示する場合にはつぎの要件を満たさなければならない。
(1) 目的の正当性 目的が真に健康管理のためであり、人事考課など他の目的に使用されないこと。
(2) 手段の必要性 健康管理のためであっても、他の手段によって目的が達成できないかなどを検討し たうえで、必要性を満たしていること。
(3) 開示方法・内容の妥当性特定の勤労者の相談内容であることが判別できない方法、内容であること。
5   産業カウンセラーは、その職務を遂行するために必要かつ適切な場所と時間の提供、及び相談者が不利益を被らない等の保障を事業者に働きかける。

組織倫理と個人倫理

第21条   使用者とクライエントの間に対立、紛争が生じている場合、産業カウンセラーは、関係諸法令に照らし人権侵害がないか否かを判断する視点に立って対応する。
2   前項の場合、産業カウンセラーは倫理綱領を自らの指針として両者の調整を計らなければならない。その際、カウンセラーの立場から仲裁の立場に変わることについて双方に説明し、理解を求めて解決にあたる。


第3編 雑則

第4章 倫理委員会

倫理委員会の設置と役割

第22条   協会に倫理委員会をおく。
2   倫理委員会は倫理綱領の遵守と自己管理責任に関する啓発活動を推進する。
3   倫理委員会はこの倫理綱領に関する産業カウンセラーおよびクライエントからの苦情等にたいしては誠実に対応する。
4   倫理委員会に関する事項は別途定める。

第5章 実効性の確保

相互啓発と違反者への対応

第23条   産業カウンセラーは倫理綱領の施行に協力し、自己のみならず他資格者との相互啓発に努め、産業カウンセラー全体としての高い倫理的基準を維持することに努める。
2   産業カウンセラーは、他の産業カウンセラーの倫理に反する行為または不適切な行為に接したときは、その産業カウンセラーに対し是正することを求め、必要な場合は支部または本部倫理委員会に対し問題提起する。また、倫理委員会による調査、意見聴取には誠意をもって協力する。
3   協会理事会は違反行為について処分を行うことができる。
4   処分の内容は以下のとおりとする。
(1)産業カウンセラーに関する各種資格称号の取消し
(2)資格停止
(3)戒告(始末書提出)
(4)訓戒(始末書提出)
(5)始末書提出
5   被処分者が処分について異議がある時は、会長にたいし再審査を求めることができる。

処分決定機関

第24条   前条第3項および第4項に基づく処分については、本部倫理委員会の議を経て協会が決定する。

附 則   この綱領は平成18年5月27日より施行する。
2   この綱領は平成28年7月9日より改定施行する。

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